万物を創造された方を神さまという
【聖書】
「そういうわけで、偶像に捧げた肉を食べることについてですが、私たちは、世の偶像の神は実際にはないものであること、また、唯一の神以外には神は存在しないことを知っています。
なるほど、多くの神々や多くの主があるので、神々と呼ばれるものならば、天にも地にもあります。
しかし、私たちには、父なる唯一の神がおられるだけです。すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。
また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。」
コリント人への手紙 第一 8章4〜6節
コリントの町と偶像礼拝
古代のコリントは商業の中心地で、繁栄とともに堕落もあった町です。そこには多くの偶像神殿があり、宗教儀式に用いた肉を「ご利益がある」として食べる習慣もありました。
コリント教会の信徒たちの中には、
「偶像に捧げた肉を食べてもよいのか」
という疑問を抱く人々がいました。そこでパウロに質問が送られ、返答として書かれたのがこの8章の記事です。
パウロの答え(要点)
① 真の神さま以外に神は存在しない
偶像と呼ばれるものは実在する神ではなく、人間が作り上げたものにすぎません。存在しないものを恐れたり、力があるかのように扱うことは誤りです。
② 「偶像に捧げた」と知らされている肉は決して食べてはならない
・市場で売られている肉が偶像に捧げられたものであると明記されていなければ食べてもよい。
・しかし、「偶像に捧げた」とはっきり告げられている場合は、信仰の証しのために避けなければならない。
③ 日本の「多神教文化」に惑わされないこと
日本には神社・仏閣・さまざまな宗教があり、「ご利益」を売り物にするものが多くあります。しかし、万物を創造された方は唯一の創造主なる神さまだけです。
人が造った像は、結局人間の願望・欲望を形にしたものであり、そこに霊的力はありません。
偶像には力があるのか?
弱さを抱えた人間が、自分より強い「神」を造り出すことはできません。
物理的に像を造ることはできても、霊的いのちを吹き込むことは不可能です。
歴史の中で多くの仏像や観音像が造られ、たとえば京都の三十三間堂の千体観音は今も残っています。しかしそれらは芸術作品であり、神ではありません。年月とともに金箔が剝がれ、朽ちる姿は、人が造るものの限界を示しています。
世界史における「偽りの宗教支配」
世界は長い間、欧米の武力と植民地主義(銃)によって支配されてきました。
キリスト教の名を掲げながら、有色人種を搾取し、奴隷とし、獣のように扱った歴史もあります。南米でインカ帝国が滅ぼされ、各地がスペイン語・ポルトガル語になったのはその証です。
しかし、このような行為は聖書に従う信仰ではありません。
聖書は神さまを愛し、隣人を愛することを教えているからです。
聖書の神さまのご計画
神さまはアブラハムに次のように語られました。
「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」(創世記12章3節)
「あなたの子孫は地のちりのように多くなり、すべての民族は、あなたとあなたの子孫によって祝福される。」
「わたしはあなたを守り、あなたと共にあり、約束を成し遂げるまで決してあなたを捨てない。」
(創世記28章14〜15節)
聖書の神さまは、すべての民族を祝福するために働かれる愛の神さまです。
その計画の最終的なゴールは、すべての人が永遠のいのちと救いにあずかることです。
【まとめ】
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創造主は唯一の神さま。
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人間が造る偶像には霊的力はない。
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クリスチャンは、ご利益や恐れに惑わされない。
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神さまの御計画は、すべての人を祝福し、救いへと導くこと。
石川洋一
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