聖書預言とその成就

 

 

1 聖書の預言の確かさ

預言は人間の思いつきではなく、聖霊に動かされて語られた神のことばである(IIペテロ1:20–21)。

だから聖書は私的解釈ではなく、神の啓示として受け取るべきものである。

神は見えないお方だが、ことばによって創造し、今も働いておられる(創世記1章、ヨハネ1:1、4:24)。

 

2 神のことばは現実となる

「光よ、あれ」と仰せられると「そのようになった」。

神の意思とことばは、必ず成就する。

創造も預言も、神の決断と実行によるものである。

 

3 献身の原点

イザヤ6:8「ここに私がおります。私を遣わしてください」。

このみことばに応答して献身し、65年間主に仕えてきた。

神はその歩みの中で必要なものをすべて備えてくださった。

 

4 病との闘いと神癒の体験

聖書学院時代、初期結核と診断される。

断食の代わりに徹夜祈祷を決意。

3日目の祈りの中で、ヨハネ11:25「我はよみがえりなり、いのちなり」が心に響く。

その瞬間、死への恐れが完全に取り去られ、復活の確信に満たされた。

永遠のいのちの実感が内側から溢れ出た。

 

5 聖化の恵み

ローマ8:15–17にあるように、恐れの霊ではなく、子としての霊を受けた。

罪と不信仰を悔い改め、祈りを通して聖化が与えられた。

 

6 御言葉による導き

会堂問題の中で、ヨブ42:3のことばが与えられた。

そのみことばによって道が開かれ、建築が進められた。

神は具体的に歴史の中で働かれる。

 

結論

神は見えないが、生きて働いておられる。

神のことばは必ず成就する。

献身・病・試練・教会問題のすべてを通して、

神の預言と約束は現実となる。

そして最も大きな成就は、

「わたしを信じる者は、死んでも生きる」という永遠のいのちの確信である。